神戸にあるホテルでの休憩中に何気なくTwitterを見ていると、太平洋戦争についてのツイートが流れてきました。
その中で火垂るの墓が言及されているのを見てふと「そういえば、ここって火垂るの墓の舞台になった街だよなぁ…」と思い、戦争の跡を訪ねてみることにしました。
JR三ノ宮駅
中央口


火垂るの墓の冒頭のシーンのモデルになっている三ノ宮駅から出発しました。
外見こそ違って見えるかもしれませんが、柱や入口の位置など構造は当時のままのようです。
連絡通路

この駅と阪急三宮駅を結ぶ連絡通路からすぐ横に見える高架には沢山の穴が空いています。
これらの穴は、アメリカ軍の戦闘機の機銃掃射痕と言われています。
戦時中は鉄道に加え民間人の乗った列車も攻撃の対象になったとのこと。
JR摩耶駅西のトンネル


摩耶駅から出て西へ少し歩くと赤レンガのトンネルがあります。
空襲にあった人々は防空壕代わりにここのトンネルへ逃げ込んだそうです。
石屋川周辺
神戸市立御影公会堂


1933年(昭和8年)に建てられたこちらの御影公会堂は、神戸大空襲や阪神・淡路大震災を乗り越えて今日もあの日のままの姿で見ることができる建物です。

西側に回り込んでみると、この建物にも沢山の機銃掃射痕が見られます。
火垂るの墓記念碑

石屋川公園にはアニメの一シーンを描いた記念碑があります。
夙川周辺
ニテコ池


作中で二人が暮らしていた防空壕のあった池です。
実際の防空壕の位置とは少し違ったようですが、映画ではこの池の特徴的な取水塔がしっかりと描写されています。
ちなみに阪急苦楽園口駅から行くと近いのですが、私は降りる駅を一つ間違えてしまったため2kmほどここまで歩きました…
小説 火垂るの墓 誕生の地 記念碑

ニテコ池から少し東に行くと西宮震災記念碑公園という公園があり、奥にはこちらの記念碑がありました。
阪急神戸三宮駅


早朝から結構な距離を歩いて疲れたので、一度ホテルに戻ることに。
するとちょうど阪急駅に電車が来て、映画の冒頭のシーンと同じ構図で撮れました。
線路の上にあったアーチはどうやら阪神・淡路大震災の時に倒壊してしまったようです。
神戸市立兵庫図書館

戦災についての資料が見られると聞き、兵庫駅の目の前にあるこちらの図書館に足を運びました。
運がよくちょうど先月から戦災記念資料室がリニューアルされたとのことで、非常に良質な情報を得られました。

中でもこちらの神戸市兵庫保育所日誌からは戦時中の人々の営みがありありと伝えれて、悲しい気持ちになってしまいました。
内容の文字起こし
昭和十九年 八月二十八日 (月曜日) 晴
朝から本を出して読んだり予科練の歌を歌いながら皆で行進したり騒ぎまくって少し疲れた様子。でもやっぱり元気なので候。
午前十時
朝礼 少し疲れた様子で男の子はあまりしなかったが松田先生が一言注意されるとすぐきちんとした。宮城遥拝等の号令も少しなれて来たので候。
遊戯 いつも普通の遊戯ばかりなので今日は少し変えて"お山の鬼"をした。団体遊戯で皆が一緒に遊べるから良いと思う。皆面白そうにして呉れた。"お舟はギッチラコ"これも喜んででして呉れる。本当に舟が進む様に思うのか二組に分かれてしたら僕のほうが勝ったと喜んで居る
十二時
昼食 今日は先生がお弁当を並べて綺麗に用意して下さった。並んで手を洗いに行って済んだ人からお席に座り本当に気持ちが良かった。御飯も特別あつそうに感じられた。
十二時過ぎ
おひるね 先生のお陰で皆早く寝ついた。今日はよくあばれたのでよく寝て呉れた。
三時半
今日もおやつなしで可哀想だけど仕方がない。
おかえり
人員三十四名
今日は何故か少なかった。一人お母さんが病気で赤ちゃんのお守りをするからと云ってお昼までに帰った。あんな小さい子がお手伝いするのかと思うといじらしい気がする。
※個人的に文字起こしして一部文字を現代語に変えたものです。間違いがありましたらすみません。
海岸ビル、商船三井ビルディング

上記の旅をした翌日、偶然近くに立ち寄ったのでこちらも見てきました。
遠くから見るとただの神戸旧居留地の二つの美しい建築に見えます。


しかし近くで見ると、このように沢山の機関銃痕が。
これらが全て誰かを狙った跡なのだと考えると、本当に恐ろしいです。
おわりに
こうして様々な資料を見て回ったことで今まで以上に戦争というものが身近に感じられました。
今日でも世界で戦争は続いています。同胞である人同士で憎しみ合い、無辜の人々まで傷つけるような事がこれ以上起きないように願うばかりです。

